差し込む朝日の眩しさで、目が覚める。
小さく聞こえる鳥の囀りを聞きながら、体を起こして伸びをした。
目が覚めるのが早いこの時期は好きだな、と黒髪の騎士は思う。
この時間帯からじわじわと上がる気温に閉口している仲間も多いけれど、彼にとってはその熱気すら心地よい部分も多々あった。
彼……ルカには魔力がない。
雪狼の騎士の多くが氷属性の魔術使いであるため、夏は苦手なのだが、ルカにとっては夏の暑さもさして大きなダメージにはならないのである。
……その結果、訓練が鬼だと文句を言われることも多々あるわけなのだけれど。
暑さは置いておくとしても、夏の朝の爽やかな気配がルカは好きだった。
昇ってきた太陽の熱が肌に触れる感覚も、朝露に濡れた草の青臭い匂いも、澄んだ空気も……心地よく感じる。
だから、彼は目を覚ますといつも、中庭に向かっていた。
誰も起きていない、早朝の中庭。
昼間になれば訓練中、あるいは休憩中の騎士たちが集って賑やかになるそこも、今はしんと静まり返っている。
その中で、剣の訓練をするのがルカは好きだった。
騎士の証である白の上着を脱ぎ捨て、ぐっと剣を握り、振り下ろす。
ビュッと風を切る音がして、近くの草が揺れる。
それを無心に何度も、何度も、繰り返した。
幼い頃から続けてきた習慣。
人より多く、この動作をやってきただろうという自負がある。
そうしなければ、自分は騎士として不十分だと思ったから。
魔力のない騎士は、殆ど存在しない。
どうせ護衛を頼むなら、剣術しかない騎士よりも魔術の扱いに慣れた騎士の方がいいだろう。
そうでなくても、基本的な防御や身体治癒は魔力依存だ。
それだけを考えても、魔力のないルカは他人よりずっと、不利なわけで。
それでも、騎士になるという夢は諦めたくなかった。
ずっと憧れてきた背中に追いつきたくて、追い越したくて、だからただ剣を振るったのだ。
百も素振りをすれば、体はじんわりと汗ばんでくる。
上がりそうになる呼吸を、崩れそうになる構えを整えて、ひたすらに素振りを繰り返す。
目の前に存在しない敵を想定しながら、何度も、何度も。
「朝から暑苦しいな」
不意に響いた声に驚いて、ルカは手を止めた。
ぽた、と汗が地面に滴り落ちる。
声を上げた人物は朝日に照らされて影になり、よく見えない。
しかし聞こえた声で、誰なのかはすぐにわかった。
「酷い言い草だな、頑張ってる上官を褒めるくらいしてもいいんだぞ、フィア?」
喉奥で笑いながら、ルカは相手に言う。
声の主、もといルカの従弟であり部下でもあるフィアはふん、と鼻を鳴らした。
「褒めるも何も、いつもしていることだろう」
そっけなくフィアは返す。
ルカはその言葉に笑い声を上げた。
これが彼なりの賞賛だと言うことに気づける人間は、きっとそうそういないだろう。
彼は、知っているのだ。
自分がいつもこうして素振りや、簡単な自主トレーニングをしていることを。
素直に褒めることをしないのがフィアらしさだ。
「ま、良いんだけどさ」
そう言ってわざと肩を竦めて見せた。
それから、ルカは小さく首を傾げ、言う。
「で? 何か用があったのか?」
手近に置いていたタオルを手に取って、汗を拭う。
そんなルカの問いかけに、フィアは少し困ったように視線を揺らした。
「……用事、ということはないが」
珍しく、歯切れの悪い返事。
ルカはそれを聞いて不思議そうに首を傾げる。
「何だよ、珍しいな」
ただ早く目が覚めただけ?
いや、それならそうと言いそうなものだし……
まさか何か相談したいことでもあるのだろうか?
少し心配になり、眉を下げたところで、フィアが盛大な溜息を吐き出した。
そして。
「鈍い」
「痛っ?!なんだよ」
小さな呟きと同時に投げつけられたのは、大きめのタオル。
ばさり、と音を立ててぶつかるそれは少し痛い。
落ちてしまったそれを拾い上げている間に、フィアは少し離れたところに歩き出している。
くるり、と振り向いた彼は、小さく咳払いをすると、言った。
「さっさとシャワー浴びて食堂へ来い!」
それだけ言い捨てて、彼は食堂へ向かって行ってしまった。
いきなりどうしたんだ?
鈍いとは?
そう考えたところで、彼に投げつけられたタオルを見て……思わず、吹き出した。
そこには小さなカードが一枚、留められている。
ともすれば気がつかないような、小さな仕掛け。
几帳面な文字で書かれた「ハッピーバースデー」は、他でもないルカに向けられたもので。
なるほど、鈍いか。
「誕生日だ、ってそわそわするような歳じゃあないんだけどな」
そう言って苦笑するが、そんな自分の頬が熱いことも、ルカはとっくに知っている。
それが、だいぶ高くなり始めた朝日のせいではないことも。
ぐっとひとつ、伸びをする。
少し離れた食堂から聞こえてくる少し賑やかな声を聞きながら、今日の主役は少し早足で、自分の部屋に向かっていった。
ーー 不器用な祝福 ーー
(何度も伝えてきたおめでとう)
(何度も伝えてきたありがとう)