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なんとなくな日記と小話
短く言うとホモなので苦手な人はブラウザバックプリーズ。
「……で、ええと、高原さん本人への指示は特にありません。とにかくひたすらに歌い続けてください」
さく、と雪を踏む。靴の中に雪が入り込んで冷たい。靴箱の中で眠っているはずのブーツを引っ張り出しておくべきだった。ここまで積もるとは思っていなかったので、いつものくたびれたスニーカーで来たのだ。
遅刻した2011年度ハロウィン小話。
…………………………
ここはさむい。
わたしはいつからかそう思っていた。どのくらい続いたのかはわからないし、これからも続くのがどうかもわからない。「これまで」と「いま」と「これから」以外の時間の表現を持たないわたしは、ただひたすらに、「さむい」という感覚を思考に浮かべ続けていた。
ここはさむい。
ここはさむい。
「これまで」の中のいつだったかには「さむい」以外の感覚があり、それはよほど快いものであった気がするのだが、わたしの思考は回想という機能を持たないらしく、ただひたすらに「さむい」と繰り返し続けた。
ここはさむい。
ここはさむい。
ここはさむい。
そう、「さむい」とは、不快である。いつだったかの快さと比べて初めて、わたしは「さむい」ことが不快であることを了解した。だからこそわたしの思考は「さむい」を繰り返すのだ。「さむい」以外の感覚を得ることを目指して。不快であり続けることに耐えられないから。
ここはさむい。
ここはさむい。
ここはさむい。
ここはさむい。
時折「さむい」以外のなにかが思考を掠めていくのだが、それは捕まえ切る前にすぅっと溶けて消えてしまう。だからわたしは延々と、「さむい」と繰り返す思考を持ち続けている。これまでずっと。あるいは、これからもずっと。
ここはさむい。
ここはさむい。
ここはさむい。
ここはさむい。
ここはさむい。
ふ、と。
思考で繰り返される「さむい」が押し戻された気がした。それが数度、続く。「さむい」を押している方に向かうと、「さむい」が押されて戻ってくるのが遅くなった。向かえば向かうだけ「さむい」が遠ざかる。わたしは「さむい」が戻ってくる前にと押している方にひたすら向かった。
ここはさむい。
ここはさむい。
ここはさむい。
ああ、嗚呼、ああ―――――。
「……姉貴?」
禊の最中のはずの姉が歌っている。
泉の方に向かうと、濡れた髪を首と襦袢に張り付けたままの姉が、光の只中で歌っていた。光の小球がいくつも、姉を中心にして回転している。光の天球図のような球体は、大きく渦を巻いて姉に近付き、体に触れる寸前にぽぅっと弾けて消えてしまった。
小球の最後の一つがほろりと消えて、そこでようやく姉は伏せていた目を開いて俺を見る。
「……直刃」
「何してんだよ」
「だって迷われていたんだもの」
「だってじゃない。神事の前に死者の魂に関わるなんて、禊の意味がないじゃんか」
「神事の前に死の穢れを放置しておくのはいいの?」
「よくないけど姉貴の仕事じゃないだろ。ほら目ぇ瞑って」
「え、……きゃあ!」
冷たい泉の水を姉に盛大にかけながら、俺内心で舌を打った。鎮魂の儀の意味が失われつつある現在、呼ばれっぱなしでかえしてもらえない霊魂を、いったいどうするべきか。
(どこにもゆかれない、かえれない、あたたかいものはすぐさめるね)
性 別 | 女性 |
年 齢 | 32 |
誕生日 | 7月30日 |
職 業 | 大学生 |