ごめんねとエビカツ

その日の、夕刻を超えたばかりくらいの夜。
駅から歩いているところ、だいぶ手前から榊が迎えに現れた。

「スーパーに寄る?」と聞いてくる。
寄りたいのだろう聞き方だった。

時間も早いし、榊の機嫌が安定して良さそうなのが救いで、それだけでこちらの気分も落ち着いた。
素直に、スーパーに寄るのを叶えることにした。


「昨日はごめんね…、疲れてたんだと思う、」
榊の方から切り出された。
聞くつもりも何もなかったのだけど。

安堵ともに、
せっかくなので一つ気になることを聞いてみた。

「覚えてる? 何したとか」
「んー、 ぼんやり…と?」

ぼんやりと… 思わず苦笑い。
ほぼ覚えてない域かなと判断せざるを得ないニュアンス。

「『こっちは腹減ってんだよ!』て怒鳴ってたよ」

たまらず小さく嫌味を差し出してみた。あくまで笑って冗談ぽく。
それには曖昧に濁すような複雑な笑みで応えて、申し訳なさそうな空気を放った。


これ以上咎めるつもりもなく、またそれを確認し合うわけでもなく、その議題はそこで終了して、明るい方に目を向ける。

惣菜屋が、閉店時刻間際のかき入れに威勢よく応じている。

「…なんか買う?」
「いや、いいよ」
「…あ、エビカツがある」
「あら(珍しいものに反応するね)」

あるきながら眺めていたので、決めかねるうちに通り過ぎてしまった。
その先のスーパーで少し買い物をした。
店を出たら、来た道を戻る。

昨日までなら脇道に入って、もう一軒スーパーはしごしてたかもしれない。今は改装中で閉まっているはずなので選択肢にあがらない。

そしてまたあの惣菜屋の前を通りかかる。

榊は僕を気にしてくれて(なぜかは分からないけど)、また

「買う?」

と聞いてきた。

「あ〜、エビカツ…ねぇ〜」

珍しいし(エビカツも、榊の反応も)と思い、店に近づく。
最低限の量だけを買って、榊の元に戻る。微笑ってるわけではないが、嬉しそうにしてるのがわかる。

「珍しく売ってたからさ、」

そうかそうか。だから食いついたのね。ならば買ってあげられてよかった。

「(家で)はんぶんこしようよ!残りは鮎川のお弁当に入れてもいいし!」

優しさたっぷりに言う。
夜風があたたかく頬を撫でた。

やっぱり笑っていてほしい。穏やかに。ただ和やかに。
そうすれば僕だって笑っていられるから。

たったこんなことすら望むのは許されないのだろうか。エゴなのか贅沢なのか。僕の至らなさなのか。

これ以上、榊を管理するのは違うと思う。それはコントロールの域に入ると思う。なんなら入ってもいると思う。

何もストレス反応を外に出すなと言いたいわけじゃない。もう少し上手く自己処理なり立ち回りなりして欲しいな、というところで。

50を超えた榊にそれを望むのは酷なのだろうか。


僕は、穏やかな春の日がまた再び続くことを祈った。