続きです
ユーリと和解できたあの日、帰る前に少しだけ話をすることができた。
店は不定休だから、僕が行った時にもしかしたら開いてないことがあるかもしれない、ということ。
週末や連休前は忙しいことが多いので、来ても相手をする暇がない、とも言われた。
それはつまり、僕が行ったら相手をしてくれるつもりだ、ということなんだろうか。
僕は危うく出入り禁止になる寸前から、やっと一人のお客として見てもらえるようになった、ぐらいに思ってて、それでもとても嬉しかったのに、わざわざ話をしてくれる…?
…いや、別にだからどうだってわけじゃないけど、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
友人と呼べる間柄なんかじゃ、絶対ない。
たった二回会っただけで、はっきり言ってただの知り合いだ。
ユーリから見たら、単なるお客の一人だろうと思う。
そういえば、何故かあの後、ユーリは僕のことを「面白い奴」って言ってたな。まあ、おかしな態度を取ってしまったとは思うけど…あまり言われたことがないな、面白い、とは。
面白そうだから、相手をしてみようとか思ったんだろうか。
…なんでこんなに、気になるのかな…。
まあともかく、次の休みにでもまた行ってみよう。
僕はユーリが選んでくれたケーキの箱を大事に抱え、帰宅したのだった。
「…では、店内写真のレイアウトはこちらでよろしいですね。紹介記事の校正が上がったらFAXで送りますから、その時にまたお電話させて頂きます。…お忙しいところ、ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。…ところで」
「はい?」
「最近、何かいいことでもあったのかしら」
挨拶をして資料を片付けていると、今まで打ち合わせをさせてもらっていたこの店の店長に話し掛けられた。
今日は、何度か取材させてもらっているバーに来ている。勿論、仕事で、だ。
僕は普段、一人でこういうところには行かない。
このお店の店長は女性で、はっきり言って美人でスタイルがいい。背も結構高くて、そんな彼女が自らカウンターでシェーカーを振る姿はなかなか様になっている。
新しいドリンクやフードメニューの開発にもとても意欲的な人で、新作が完成する度に僕のところの雑誌で取り上げさせてもらっていた。
読者からのレスポンスもかなりいい。
ある意味、お得意様の取材先だ。
何度も取引させてもらってるからか、それとも彼女の人柄かはわからないけど、彼女は僕にも気さくに話し掛けてくる。
勿論それはお客さんに対しても同様で、彼女のファンはとても多かった。
「いいこと、ですか?」
「ええ。なんだか、この前のお仕事の時とは別人みたいよ」
「そう…でしょうか。よくわかりませんけど」
この前の仕事。
…そういえば、初めてユーリの店に行った日、帰社してから取材の段取りをしたのがこの店だったな。
あの日はなんだか仕事がはかどらなくて、帰宅するのが遅かった。
翌日、打ち合わせでこの店に来たんだけど、もしかしたら疲れが顔に出てしまっていたのかもしれない。
「ごめんなさい、そんなに悩まないで。特に深い意味はないのよ?そう見えたというだけで」
「あ、いえ。別に悩んだりしてないですよ。…そうですね、ずっと気にしていたことが解決した、というのはあるかもしれません」
「あらそう?よかったわね。…今のあなた、とても嬉しそうな顔してるわ」
「そ、そうですか」
「ええ。まるで、ケンカしていた恋人と仲直りでもしたみたい」
「こ、恋人!?」
現在、僕には恋人なんかいない。…いや、今までだって、いたといえるのかどうか。その程度のお付き合いしかしてない。
なのにいきなり、恋人とか…。
「違ったかしら」
からかうような微笑みを浮かべてこちらを見ている店長さんに曖昧に笑い返し、僕は挨拶もそこそこに店を出た。
…いい人なのは間違いないんだけど、なんだか鋭いというか、人の感情の機微に聡いというか、結構ずばずば言うんだよな、この人。
それに、自分が言いたくないことをはぐらかすのも上手だ。
仕事で話をしてても時々そう思うんだけど……まあ、それくらいじゃないと、この手の店でお客さんのあしらいなんかできないよな。
会社に帰社の連絡をして、僕は昼食を取るために手近な店に入った。よく利用するカフェだ。
カフェはそこら中にたくさんあるけど、この店は少し価格設定が高めの部類に入る。
そのせいか客層も、女子高生よりもその上の学生やOLが多い。僕の担当してる雑誌のメインの読者層だ。
この店の雰囲気やメニューも好きなんだけど、彼女達の会話を聞かせてもらうのも、この店に来る理由の一つだ。
…別に、若い女の子の会話を盗み聞きしたいんじゃない。こういうのも、立派なリサーチだ。
会話からは、今、何が彼女達にとって『旬』なのかがわかったりする。
強く興味を引かれる話題だったら、それこそ直接話を聞いたりすることもある。
勿論、ちゃんと名刺を渡して説明して、了承してもらえれば、の話だけど。
そうじゃなかったらただのナンパだ。
…まあ、たまに間違われるけど。
今日は何か収穫があるかな。ないことのほうが多いけどね。
オーダーしたコーヒーとサンドイッチを受け取って、座る場所を探していたその時、あるお客さんの会話が耳に飛び込んできた。
「……で、ちっちゃいけど可愛いお店で、結構安いんだよね」
「そうそう!あたしもこないだ行った!そしたら丁度あのイケメンの人、外に出ててさ!!」
「うそ、マジ?いーなぁ、カッコイイよねあの人!」
女子大生だろうか、どこかのお店の話で盛り上がってるみたいだ。
隣の席が空いていたので、そこに座る。…隣じゃなくても筒抜けなぐらい、声は大きい。
「なんかさあ、最初は女の人かと思わなかった?」
「あーわかる!!髪長いもんね〜。」
「えー、そう?確かにちょっとキレイ系だけど、声とかめっちゃ男らしくてカッコイイんだって!」
…なんか、すごい思い当たるというか。
もしかしなくても、ユーリのことじゃないのか、これ。
いやでも、他にもそういう人はいるだろうし…。
「なに、あんたあの人と喋ったことあんの?何で!?」
「たまたま補充してたみたいなんだけど、オススメなんですか、って聞いたら『何系が好きなのか教えてくんない?』とかさ、もうすごい優しいの!マジヤバいよあの人!」
「えー、いいなあ。あたしなんか一回ちょこっと見掛けただけだよー。いつも女の子しかいないじゃん」
「あー、いるいる。でもあの子もすっごい感じいいよねー」
「わかるー。ケーキは美味しいし店員は可愛いしいいよね〜」
ケーキ。
やっぱりユーリの店のことみたいだ。
口コミであれだけお客さんが来るだけのことはあるな。
…ていうか、話題の殆どがユーリのことなんだけど…。
「彼女とかいるのかなあ、あの人」
「そりゃいるんじゃない?てかいないんだったらマジ通う!」
「何それ、通ってどうすんのよ〜!どうせ覚えてないって!」
「あれじゃない?あの女の子が彼女とか!」
「えー、それってどうなの〜?…」
……………。
なんというか、リサーチにはならないな、これじゃ。
ユーリが人気ある、っていうのはわかったけど…。そんなこと知っても、な…。
…でもなんだか意外だな、女の子には優しいんだ。
ちゃんと好みを聞いてから選んであげるんだなあ。
…いや、当たり前か。お客さんなんだし。
人気出るよな、そりゃ…。
彼女かあ。…いるのかな、彼女。
そういえば、あのエステルって女の子とは随分仲が良さそうだったな。
なんか普通に知り合いっていうか、そんな感じだったし……ほんとに付き合ってたり、するのかな………。
でも、いきなりそんなこと聞いてまた怒らせたら嫌だし…。
……なんでそんなことを聞こうと思ったんだ、僕は。
ユーリに彼女がいようがいまいが、関係ないじゃないか。
大体、たった二回会っただけなのに、そんなこと気にしてどうするんだ?
…二回?何か関係あるのか、回数とか。
たった……って、どういうことだ?
僕は…どうしたいんだ…?
食事を終えて店を出てから、スケジュールを確認してみた。
今日はこのあと一旦会社に戻ったら、もう予定はない。
急いで行ったら、閉店にはギリギリ間に合うはずだ。
本当は明日、仕事が休みだから行くつもりだったけど……なんだか、落ち着かない。
…彼に、会いたい。
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続く