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私はシングルのウンディーネ、あずさ。
所属は、プランツというお店。
姫屋ほど老舗ではなく、おれんじぷらねっとほど大人数ではなく、ARIAカンパニーほど有名でもない。
大体、何もかも中ぐらいの水先案内店。
実は私は跡取り娘だったりする。
正直、私はシングルのままでも構わないし、プリマになれたらラッキー、ぐらいにしか考えていない。
お店は、兄が継げばいいとも思っているぐらい。
経理や従業員の管理なら、私より兄の方が向いているだろうし。
ちなみに兄はアルバイターで、近所の花屋で働いている。
春風の中、いつものように1人でゴンドラを漕いでいると、じっと私を見つめる少年の姿が目に入った。
その瞳は、どこか悲しげで、寂しげで、絶望さえ感じられた。
「君、どうかしたの?」
「あ…、ウンディーネさん……」
「なんだか浮かない顔してるじゃないか」
「…………うん」
「喧嘩でもしたのか?具合悪いのか?叱られたのか?」
「違う…。違うんです……」
「…?」
しょんぼりと肩を落とし、溜息を吐いて、私とゴンドラを交互に見る。
そしてまた、溜息をついた。
「話してみろ。ちょっとは楽になるかもよ?」
「…………」
「………私はあずさ。君は?」
「……アッシュ」
「アッシュか。かっこいい名前だな。イケメンになりそうだ」
「あはは…。お姉さん、変な人」
「変って……。私、これでもプランツが実家のお嬢様よ?」
「え……。そっか…。そうなんだ……」
「……で?その溜息の理由はなんだ?」
アッシュはぐっと黙り、しょんぼりと視線を落として水面を見た後、意を決したようにバッと顔を上げて吐きだすように言った。
「僕も…ウンディーネになりたいんです!!!」
「えっ」
アッシュの目を見れば、それが本気であることはすぐにわかる。
でも。
ウンディーネは女性のゴンドラ漕ぎというのが一般的で、少なくとも、私は男性のウンディーネを知らない。
「……やっぱり、無理ですよね……。僕は、男だから……」
「うーん……」
そういえば、どうしてウンディーネは女性ばかりなのだろう。
女性がゴンドラを漕ぐのを仕事にしたい場合、ウンディーネになるしかないからだろうか…。
逆に言えば、男性はいくらでも他にゴンドラを漕げる仕事がある。
ただ単にゴンドラを漕ぎたいだけなら、他の仕事がいくらでもあるのに。
「どうして、ウンディーネになりたいの?」
「僕、この町が大好きだから…。この町のいいところ、素敵なところを、沢山知ってもらいたいなって…。それで、もっともっと、この町を好きになってもらいたくて…」
なるほどね。
ゴンドラが漕ぎたい、というより、この町のいいところを知ってほしいっていうのが、彼の思うところってわけか。
それなら確かに、ウンディーネがもってこいの職ね。
水先案内店の中に男性がいないわけではない。
ただ、実際にゴンドラに乗ってお客様の案内をするのは女性だけ。
うちの会社も、他の会社も、男性はゴンドラに乗らない事務職に就いてる。
「アッシュ」
「はい…?」
「ゴンドラを漕ぐ練習や、観光案内の練習や、カンツォーネの練習はやってるの?」
「やっています。自己流ですけど……」
「……そう。じゃ、一応それ続けなさいね」
「え…?」
「君が青年になる頃には、もしかしたら男性のウンディーネが認められているかもしれないよ?」
「…!」
「絶対に諦めるな。この町のいいところを、広く知ってもらいたいんだろ?」
「…はい……!!」
アッシュの瞳に、希望の光が宿ったのを、はっきりと感じた。
さっきまでの絶望は、もう影も形もない。
これなら、大丈夫だろう。
「よし、じゃ、私は行くよ」
「あの、あずささん…!!」
「んー?」
「ありがとうございました!!」
「うん」
キラキラした瞳を背中に受け、私は練習を再開した。
この時から、私は本気になった。
アッシュに出会って、目標ができたから。
プリマになって、会社を継ぐ。
そして、男性のウンディーネを、育ててみせる。
アッシュの夢を、叶えてやりたい。
そう、思ったんだ。
誕生日 | 12月31日 |
血液型 | AB型 |