世間はゼルフェノア最年少の女性司令に注目が集まりつつあった。
紀柳院鼎・32歳と司令にしては若い。しかも彼女はあの「仮面の司令補佐」だった人だからなおさらだ。


「仮面の司令」…か。

恭平は街頭モニターで鼎が司令になったことを知る。

彼女は就任後のある日、報道陣からインタビューを受けていた。明らかに忙しそう。


彼女はインタビューでこんなことを答えていた。

『私は今すぐにでも動きたい。ゼルフェノアを市民に開けた組織にしたい。
そして…人間と怪人――と言っても人間に一切危害を与えない怪人達のことです。と共存できるようにしたいのです。実現は難しいかもしれませんが…』


人間と怪人の共存。この世界で起きてる問題のひとつだ。


鼎はビッグマウスというような言い方ではなかった。

淡々とした話し方で、仮面を着けているがゆえに時折、首を僅かに動かしたりして陰影で表情を見せている。彼女ならではの高等テクニックとも言える。


恭平が見たモニター越しの鼎はどこか表情があるように見えた。真剣そうに話してる。

この人…本気なんだ……。



「御堂さん、ここ出るってホントなの!?」

ある日の御堂が住むシェアハウス。住人の逢坂が驚きを見せていた。
御堂はそっけない反応。


「鼎が司令になったんだよ。あいつ、今寮から宿舎へ引っ越し作業をしていてさ。
宿舎は隊長以上しか入れないから…俺、行こうと思う」
「つまり住むんだね、宿舎に。鼎ちゃん元気?」

「あいつは元気だよ。あのインタビュー見ただろ。
鼎は本気だ。引っ越し作業終了してから新体制の本部は始動させるって」


御堂も宿舎へ引っ越しすることは彼女はまだ知らない。



「はえ〜。ここが司令が住むとかいう宿舎か。
建物は寮よりも小さいんだな。…オートロックに隊員証でようやく入れるシステムか。セキュリティ厳重になってるね〜。
宿舎の見た目は寮よりも立派なのね〜。部屋は寮よか広いって聞いたけど。間取りも寮とは違うんだっけ」


鼎の警護をする梓も宿舎へ引っ越し中。


宿舎は隊長以上しか入居出来ないようになっている。

司令はセキュリティ上、基本的に宿舎に住むシステム。宿舎には合計6人しか入居出来ないが、寮だとざっと10人くらいは入居可能。寮はだいたい2階建てのアパート。
寮は敷地外にあるが、宿舎は敷地内。どちらも徒歩5分圏内なのだが。

これは支部も同じ。

例外なのはゼノク。ゼノクには隊員用の居住区が敷地内にあるため、ほとんどそこに集約されている。


「荷物少ないんだね…」

梓は鼎の引っ越し作業の早さが気になった。もう終わりかけてる…。
荷物が元々少ないんだ…。あたしとは対照的だわ。


宿舎の部屋は寮と比べて間取りが広くなっている。司令が住む場所だから待遇が上がっているのか。

「鼎、部屋隣だからよろしくな〜」
梓は荷物を部屋に入れながらそう言った。彼女の部屋の前には段ボールが積まれてる。


鼎の隣室には梓、そして彼女からしたら思いもよらぬ人も宿舎へとしれっと引っ越していたのだが。

それは御堂だった。


たまたま通路で御堂と鉢合わせした鼎。

「…な、なんで和希がいるんだよ!?シェアハウスは!?」
「…出たんだよ。鼎、宿舎は隊長以上しか入居出来ないのわかっているよな。何驚いてんだよ」

相変わらずそっけない。
御堂は内心、鼎の側にいたかった。まだ恋愛は発展途上で同棲する段階じゃあないが、極力こいつとは長い時間を共にしたい。


「側にいちゃダメか?」
「…別にいいよ。ところで和希の部屋はどこなんだ」


御堂は指差して見せた。

「鼎の部屋の隣だよ。奥の方が俺の部屋。遊びに来たけりゃいつでも来いよ。電話やラインでも構わない。お前…寂しがりだからさ…」


つまり…手前から部屋は梓・鼎・御堂という感じ。
寮は基本的に1人用だが、宿舎は違う。家族やカップルで住むことも可能。

だから間取りが広い。


「私が忙しくなるのはこれからなんだが…」
「わかってる。だからプライベートくらいは…肩の力を抜けって。気が休まらないだろ」

「そうだね」


梓は作業しながら遠くからそれを見ていた。あの2人、少しだけ進展した?
相変わらず不器用同士だからな〜。



引っ越し作業は終わり、一段落。



後日。鼎の司令就任を祝して飲み会が行われた。気の知れた仲間だけの小規模なパーティーだ。

場所は御堂の同級生の柏が経営するカフェバー。以前、御堂達はここで飲み会をしている。


『本日貸切』
お店の扉の前には目立つように大きめの札が。


集まったメンバーは顔馴染みばかり。そこには宇崎と北川の姿もあった。

「室長来たんだ〜。あれ、北川副司令も来てるじゃないっすか」
いちかは反応する。


「鼎のお祝いなんでしょ。だから2人で来たんだよ。
ホント鼎は頑張ってるよ。
…あのインタビュー見て泣きそうになった。鼎、マスコミ大嫌いだったのになんか慣れたよな」

宇崎、まだシラフなのに既に泣きモード。
どうやら鼎の成長が嬉しいらしい。組織に入隊してからずっと彼女を見守っていたからか、まるで親のような気持ちなんだろう。

あの鼎が本当に司令になっちまうんだもん。


「司令という特性上、マスコミ相手に話す機会は増えるからね。
あの時緊張しすぎてガチガチだったんだ。今後のことをなんとか言えて良かったと思っている」


「鼎ーっ!!」
宇崎はまだ飲み会前なのに泣いてるカオス。彼にお酒は入っておりません。

そんなこんなで飲み会が始まった。お祝いということもあり和やかムード。しかも気の知れた仲間しかいないせいか、カジュアル。


鼎は仲間にこう切り出した。

「あの…みんな頼みがあるのだが、聞いてくれないか?」
「なんなんすかー?」
威勢のいいいちかの返事が聞こえた。


「私の呼び方についてなんだが、いつも通りにして欲しいんだ。『紀柳院司令』は場を選んで使って貰えればいい。
私は今まで通りの呼ばれ方に慣れてしまってるから、なんというか…しっくり来ないんだよ。調子が狂ってしまう」

「きりゅさんりょーかいだよ!司令って呼ぶのなんかまだ変な感じがするんすよ〜」
「そのうち慣れますよ」
「きりやんは落ち着いてるね」



飲み会開始から時間が経った。お酒が入った仲間がちらほら。
特にひどいのは彩音と御堂。彩音はお酒が入ると泣き上戸になってしまう。


「鼎が司令になって嬉しいんだよ〜。私達は付き合い長いし、ホントね…今だから言うけど鼎には幸せになって欲しいの。
だから御堂さん、鼎のことを支えてあげて!守ってあげてよ!御堂さんだって付き合い長いじゃん」


御堂はお酒が入るとちょっとめんどくさくなるタイプ。

「ああ!守ってやるし支えてやる。
彩音の思いは受け取った。鼎に幸せになって欲しいんだろ。…俺が幸せにしてやるよ。何を持って幸せかは模索中だけどな」


このやり取りを聞いた鼎は嬉しかった。この2人はお酒が入ると隠された本音が露呈する。

鼎は泣きそうになる。いちかは気づいた。
「きりゅさん…泣いてるの?嬉しいの?悲しいの?」

いちかは鼎が仮面の下ですすり泣いてるのを察した。

「……嬉しいんだよ。和希に『幸せにしてやる』って言われたらさ…」


これ、もう告白じゃん。

きりゅさんとたいちょーは付き合ってるみたいだけど、たいちょーそんなこと思っていたんだね。
きりゅさんを幸せにしたいあやねえとたいちょーは気が合ってる。


晴斗はポカーン。

なんかカオスになってきた…。御堂さんと彩音さん、なんか鼎さんについて思いをぶちまけてるよ…。お酒の力って怖い。
彩音さんは泣いてるし。泣き上戸なのかな。


梓はあまり気に留めてない。

もうさ、幸せになっちゃえよ…。あぁ、御堂と鼎を見てると焦れったいわ不器用すぎるわで…。

お酒が進む梓だった。



新体制ゼルフェノアはいよいよ始動する。
まずは組織の中心を変えることからだった。

新たな司令と共に初のリモート会議。副司令も参加しているため、計6人。


「…というわけで新体制始動になります。よろしくお願いします」
鼎のよそよそしい挨拶から始まった。

鼎は「今すぐにでも動きたい」と言ってた通り、行動力を発揮する。
「私はまず、組織の中心を世間のイメージ通りの本部にすべきだと思います。今現在の組織の中心はゼノクですが、世間のイメージとズレが生じている」

憐鶴(れんかく)も賛同した。
「確かにそうですよね。私は紀柳院司令に賛成します。
今まで組織は長官の本拠地を準拠にしていましたが、その長官は今や空席。つまりゼノクの力は以前よりもなくなっていますから」


若い司令2人に圧され気味の年長者達。

「泉司令の言う通りだ…。私達は長官の型にハメられていたんだ」
そう呟く西澤。支部の小田原司令もこれには賛成。


「ゼノクは縛りがなくなった。ならば中心を本部にしてもいいと思う。…だが紀柳院司令、あなたに負担が倍増しますよ。大丈夫なんですか」

そこにカットインしてきた北川。
「そこは私がカバーしますよ。彼女のサポートは私に任せてはくれませんか。
紀柳院司令の身体についても理解してますし」
「んじゃ北川、サポート頼んだ」

雑な言い方の西澤。憐鶴は思うところがあったらしい。


「あの…私思うんですが…。組織の中心は本部でいいと思うんですよ。
ですが、長官相当の最高司令官がいない状態で緊急時に連携出来ますかね」
「日常的に連携すればいい。普段から連携していれば結束は固くなる」


鼎はそう言った。

これまでの連携は行き当たりばったりな傾向があった。鼎は朝倉から提供された過去の戦闘データを見た上で言っている。



新体制初のリモート会議は結局長引いた。鼎と憐鶴が積極的に意見を言ったのもある。

結果的にゼルフェノアの中心は本部に移行されることになる。
ゼノクは蔦沼の縛りからようやく自由になったわけで。長官引退の影響は大きく、組織の風通しは良くなりつつある。