よく晴れてます事。
ぼんやり窓の外を見る。
灰皿に吸殻が積み重なって、経過した時間を知る。
ついでに手元の箱には、ぎっしり詰まっていた筈の煙草がいつの間にかあと数本。
(あー…いい天気なのに。)
カフェで一人でぼんやりと、無駄に煙を生産させるこの時間を無駄だと思う世の中が理解出来ない。そもそもしようとも思わない。
自分には絶対的に必要な時間だ。
本を読む訳でもなく(活字は睡眠薬に等しい力を持っている)、書類を片付ける訳でもなく(燃やしていいなら即座に燃やすが、実行したら最後自分が燃やされるかブッ飛ばされる)、特に鳴らない携帯を片手に(未だに使い方がよく解らないが、どうやって電話をかけるのだろうか、この平べったい機械は)煙草を積み上げ、過ごすこの時間がとても好きだ。
サラリーマン?スーツを着た男性は忙しなくノートパソコンを叩いて、昼休みなのかなんなのか数人の若い女性はランチをつつきながら甲高い声で喋り続けている。私服の若者は分厚い参考書とノートと格闘していて全くご苦労様。
サングラスの奥からぼんやりと行き交う人々を眺めながら、残り少ない煙草を取り出して火を点ける。
皆忙しそう。何かに追われてるみたいで、疲れそう。てゆーか俺なら確実に疲れて寝込むよね、そう考えて僅かに口の端を歪める。
乾きかけてきたアップルパイを一口摘まんで、煙を吸い込んで。
(…ちょう平和。)
平日の真っ昼間、行き交う人々、流れる時間、浪費される煙草。
イヤホンを通じて、プレイヤーから流れる音楽はタイトルも解らない。上司のデスクから拝借して数週間、奴が出張から戻ってきたら返そう。
なんとなく、時間と世間から隔離された感覚が味わえるこの時間が好きだ。
世界と折り合いが悪い自分の事は多少は理解してる。
どうしたって噛み合わない、怒られる、まぁ大半の悪戯や嫌がらせはわざとやっているのだから怒られるのは仕方ないとして。
(からかうと、面白いんだよね。)
上司をからかうのが面白すぎてやめられない。
拾われて2年ほど経つが、よくまぁ捨てられないもんだと自分でも思う。俺ならこんなトラブルメーカー速攻で殺して捨てるね。
くあ、と欠伸を殺さず吐き出して短くなった煙草を灰皿に押し付ける。
まさか放浪癖が酷い、野良猫みたいな自分が1人の人間の傍に落ち着く日が来るとは、少なくとも2年前の自分は思うまい。
ぼやぼや漂う思考をまとめようともせず、アップルパイをまた一口。
(…そう思うと落ち着いたよねー、俺)
ここにかの上司がいたらふざけんなお前のどこが落ち着いたんだ色々悪化してんだろと憤慨しそうな事をつらつら考えるが、残念ながら上司は今ここにいない。いなくていい、今は1人の時間。ちょう大事。
面倒見のいい上司も、根底は結構な冷血漢だという事も知ってる。
自分が邪魔になるか飽きたら殺してでも捨てていくだろう。あの人当たりの良さから連想し難い部分も、知ってる。知らないフリをしてる。それがお互いの為だ。
その冷血漢が、よくクソ面倒な野良猫の面倒を見る気になったものだと、常々思う。
上司部下としてだけでなく、なんでか恋人として付き合ってそれなりに経つが、飽きない。
職場に君臨する、他の部署からも恐れられている鬼班長と実は大差ないくらいにはおっかない奴が相手なのは、中々飽きない。
(あの人も、面倒なのに引っ掛かってかわいそーに。)
半ばに本気で同情した時期があったのを思い出す。
(遊びが本気になってりゃ世話ねーよ)
は、と嘲笑とも苦笑とも取れる形に歪んだ口元を正そうともせずに、彼は最後の煙草をくわえる。大丈夫、予備はありますから。箱で。
ついでに、遊びに遊びで応じてそれが執着と依存になってりゃ世話ねーなぁ、と、相方に言われた事も思い出して今度はフィルターを噛み潰す。いらん事思い出した。
執着と依存?えぇはいその通りですけど。
執着して何が悪い、躊躇い?あったかもしれないが忘れた、それくらい今は依存してる自覚はある。後戻り出来ないレベルで。する気もない。
(なんで俺なんか選んだかな)
あの人は、最悪の選択肢を選んだ。
本当に最悪だな、選びたい放題でよりによって一番選んではいけない選択肢を選んだ。
氷が溶けて、薄くなったアイスティーを流し込む。あぁもう、さっさと俺を捨てないから、ずるずるずるずる続くんだ。
くそ上司が出張で南方にすっ飛ぶ前に、うっかり溢した言葉は嘘ではない。
こんなに生きるつもりなど無かった、とっととくたばってた筈だと。
何も見えない世界で生きる恐怖と戦うくらいなら、死ぬべきだと、昔から思ってて今でもたまに思う。
繋ぎ止める何が現れる前に死んだ方が良かった、こんな歪んで壊れてイカれた奴など。
(…なんで、死ななかったの)
ボロボロの身体を引き摺ってまで、生きながらえて、何がある。あぁまぁ若かったのもあるけど。意味が解らなかった。
今だって解らない事が、沢山ある。
それでも、戯れに投げ付けた言葉は嘘ではない。と思う。
歪みは治りゃしないが、それでも生きててまぁ良かったんじゃね、と思わせた、自分を拾った上司。
よく怒られる、張り倒される、倍返しは全力だ、それでも最後の最後、甘やかしてくるのだからタチが悪すぎて。
(俺もあんたも、悪いのに引っ掛かったねぇ…)
どーしてこうなった、ほんやり思う。
全力で怒られた後に甘やかされるのは、嫌いじゃない。からかったら怒られるのは解ってても、ついつい振り回してしまう。面白いから。
…いつから、自分しかいない世界に、あのくそ上司がいたのか、とか、そこを考えて彼は遂にテーブルに突っ伏した。ガン、と勢いよく額がテーブルと激突してグラスが揺れる。
(不毛だ…ッ!何故いい天気を眺めながらこんなん考えてんの?何故あの野郎について考えを廻らせねばならぬのかが解りません!!!イラつく!!!)
突然テーブルに突っ伏したと思えばなんか歯軋りしてるイケメン(見た目だけ)に、隣のテーブルのOLがぎょっとしているのにも関わらず、彼は拳を握りしめた。
(はぁ?なんで俺ばっかぐるぐるすんの?俺だって腹括ったんじゃねーの?あぁぁあのくそ帰って来たら取り敢えずトラップ13連鎖を…)
「…何をブツブツと…大丈夫か?具合でも悪いか」
「ウオアアア!!?」
完全に八つ当たりでしかない(そこは大人として気付かないフリだ)計画を練り始めた瞬間に、突っ伏した姿勢を件の上司に覗き込まれて、普通に奇声をあげてのけ反ったのは至って正常な反応である。ホントに。
それに対してまたドライな上司が更にむかつきと苛々と諸々を助長させる。
「おー…大丈夫か、お前」
「あんたいつの間に!!!」
「あ?道路混んでるっつーから電車で帰って来たらお前が頭ぶつけてるのが見えて」
そういやここ駅前のカフェだった、しかし陸路とはいえまさか電車で帰ってくるとか予想外過ぎてだな!!電車似合わねえよあんた!!諸々ごった煮もいいところ、混乱を通り越してキレそうになりながら彼はよろよろと立ち上がる。
「意味が解らない…俺のまったりタイムを邪魔するとか!」
「とてもまったりしてたようには見えなかったが!?デコ赤いぞ!」
とても凄い勢いで、お隣さんもびっくりの勢いで突っ伏した為に赤くなった額をつつかれて、フシャァア!と威嚇の意を込めた訳の解らん息を吐く。ついでになんか髪が逆立ってる気がする。
色々多分呆れていた上司が、少し驚いた顔をして、それから、表情を和らげた。
「…なんか懐かしいな」
「あ゛ん!?」
「拾ったばっかの頃みてぇ。触っただけでお前噛み付いてくんの」
くつくつと喉の奥で笑う上司の顔が、穏やかで、懐かしむような慈しむような、そんな、冷血漢らしからぬ似合わない表情で、こそばゆいというか非常にムカついたので。
彼は、反射的に間近にあった整った顔面目掛けて手元にあったフォークを投げ付けた。
「痛ぇ!?」
「うっせぇクソ上司…ッ年寄りじみた発言を!!」
「おま、今のはねぇよ!!なんで今のでモノを投げる!?手当たり次第モノを投げる癖治せ!」
「やかましい灰皿じゃねーだけありがたいと思って!」
「その吸殻山積み灰皿投げたら大惨事だろ!!」
「主にあんたが灰まみれで店員さんが大変ですけど何か!!」
「俺はともかく人様に迷惑かけんじゃねーよって言ってんだろーが!!」
ガシッと上司に頭を掴まれた辺りでお隣のOLさんが余りの低レベルなやり取りに呆れと恐怖を覚え席を立ったわけだが、それどころでは、ない。
いきなりイケメン(見た目だけ)二人が凄まじく低レベルな言い争いを始めたのでちょっといやかなり引きました(OLさん後日談)
「うっせぇええ俺は俺の世界で俺の為に生きる!!」
「ただのクソガキ論振り回してんじゃねーよお前もう二十歳だろーがァアア!!」
「バカな!俺は永遠の18歳ですがなにか!!」
「なにか、じゃねーぞそろそろ年齢詐称と気付けお前はネバーランド行きか!!」
「…オッスおらフック船長!的な!」
「色々混ざりすぎてどこから突っ込めばいいんだ今の発言!?」
そろそろ上司の声に悲鳴が混じり始めた辺りで論点のすり替えには成功したな、あとは適当にあしらって帰ろう、ちょろいぜ!と彼は残ったアイスティーを流し込もうとして、
「つうか、お前さぁ、案外俺の事好きだろ」
「ぶ…ッ!!!」
まさかの不意打ちに、彼は見事にアイスティーを吹き出した。
おい待てどっから出てきたその意見。ちょ、考えてた事バレてた?バレてたの?頭がっつんやった辺りで考えてた事バレてたんですか?
「おぉ、見事な動揺っぷり…お前年上ナメんなよ、伊達にお前より長生きしてねぇし簡単には誤魔化されねえぞー。お前と2年も一緒に居りゃ慣れるし見抜ける」
「げほっ…ちょ、嘘でしょ、な、え?」
ちなみにこの辺りで店員さんがすんごく面倒そうな顔をしていた訳だが、彼は知るよしもない。あのイケメン(見た目だけ)ぎゃぁぎゃぁ騒ぎだしたと思ったらフォーク投げてお茶ぶちまけやがった誰が掃除すんだよオイ。
「いい加減物騒な照れ隠しやめろー?顔に出てんだから意味がねぇよ」
「…………」
「あとテロもまじで止めろ俺はそろそろ平和に過ごしたい。ホントに。」
ちょっと離れた席に居座っていた大学生らしい女子二人が物凄い勢いでメモを取りながら「今の!使える!」「プロポーズ!?」とか騒いでいたが、勿論フリーズしてる彼には範疇外の出来事だし上司はとても大人なのでスルーしていた。あぁまぁ外で騒ぐ俺らも悪いんで…てゆーか基本的にこいつ以上に他人に興味ないんだよなぁ俺…(後日談)
「……なんだろ、この敗北感」
「お前何と戦ってたの」
「あんた」
「そら初耳だ。帰るぞー」
「……今まで勝ってたと思ってたのに」
「だからクソガキだってんだよお前さ。大体なんの勝負だ」
「解んないけど負けた、だと……」
「だから何にだよ俺とお前じゃ勝負になんねーよ頭の造りが違うわ」
そうこう言いながら彼は上司にずるずる引きずられてカフェを後にしている訳だが最早そんなんどうでもいい、今まで優位だと思っていたのが思い違いという事実に打ちのめされていた。ほんとに頭悪い。
「お前の面倒、ボケッと見てた訳じゃねぇからなぁ」
「この……腹黒……」
「なんとでも?好きな奴の事観察して何が悪い」
「……悪かないけど観察って言い方ないでしょ」
「じゃぁ、愛でる」
「きもい」
「なんだと」
「ストーカーみたいだよ」
「一緒にすんな」
「……あー、なんか、壮絶に恥ずかしい」
「お前にそんな感情があったとはなぁ」
「人をなんだと思ってんの」
「有害テロリスト」
「……死ね」
「お嫁さんのが良かったか?」
「そんなに死にたいなら今すぐそこの交差点に飛び込め、後押ししたる」
「死ぬ時ゃ一緒だな、俺今お前引き摺ってるし」
「ざけんな心中なんて趣味じゃない」
「成長したなぁ」
「今日のあんたムカつく」
「あー?お前が今日勢いねぇんじゃねぇか」
「うっせぇええ俺だって悩むわ生え際に危機は感じないが!」
「……嫌味かクソガキ」
「はん、精々三十路まで足掻けばいーんじゃないのクソ上司」
「俺は別に、後悔はしてねぇぞ?」
「去り行く生え際に?」
「お前を選んだ事に」
「…………ウオアアアあんたどこまで人の思考を読んでるのかと!!!怖ぇええ!!!」
「んなの考えてる暇あったら仕事片付けろよ」
「やだー!!!なんかやだー!!!もう今日寝る!!!」
「はいはい解ったから喚くな頼む寝不足の頭に響く」
「……疲れてるの」
「おーい俺出張から戻ったばっかだぞー」
「……ふーん」
「んだよ、2時間だけ寝かせてくれりゃあとは構ってやっから拗ねんな」
「……ホントに?」
「何故にこんな小さい嘘をつく必要が」
「……ホントに」
「なんならお前も一緒に寝るか」
「……寝る」
仲良く?帰路についたのはいい。
なんやかんや仲良く寝転がったのもいい。
問題はそこからで。
「誰だ二時間っつったの俺だよもう朝!次の日!起きろよお前は!」
がっつり爆睡した部下を、翌朝必死に起こしにかかる苦労人が、一名、いらっしゃった。
※電波ちゃんは寝たら起きない典型的な人
※何が言いたいかと言うと実際に優位に立ってるのは常識人(結構黒かった)
※なんだかんだうまくいってる二人