飛焔戦から数日後。一時的に怪人は首都圏に出現しなくなる。
逆に出没報告が増えたエリアが北関東。北関東にはゼルフェノア研究機関及び複合施設・ゼノクが存在する。
そのゼノクを管轄しているのが蔦沼長官だ。厳密には西澤室長と蔦沼長官の2人体制で仕切っている。
群馬県某町。ゼノク・司令室。
「最近、北関東にメギド戦闘員の目撃が相次いでますが…長官、ゼノク隊員を出動させますか?」
西澤は長官にさりげなく聞いた。蔦沼はしれっと返答。
「まだで良くない?敵の動向が不透明すぎる」
ゼノク隊員とはその名の通り、ゼノクを守るためだけに結成された隊員達である。本部・支部とはかなり毛色が違う。
普段はゼノク職員の顔を持つが、職員の何割かは隊員でもある。
ゼノク隊員の制服はゼルフェノア隊員と同じ詰襟タイプで右腕には共通の赤い腕章デザインもあるが、カラーリングが異なる。
ゼノク隊員の制服のカラーリングはブルーグレー。
ちなみにゼルフェノア隊員は白い制服だ。
蔦沼はこの北関東に出没しつつある戦闘員の様子見をしている。
西澤は気にしているようだが…。
「ゼノク隊員、本当にまだ出さなくていいんですか?」
「パトロールくらいなら出してもいいよ。元老院の狙いがなんなのか、わからないんじゃ攻めようにも攻められないよ」
相変わらず呑気だよなぁ、長官は。…って、何ナチュラルに義手のメンテしながら話してんの!?
さっきからカチャカチャ音するな〜と思ったらそれかいっ!
西澤は長官の腕をチラッと見た。長官は両腕とも黒いスタイリッシュな義手なのだが、右手で左腕をカチャカチャと弄ってるよ…。
義手は戦闘兼用だから気になっているのかもしれないが、せめて会話の時くらいはやめてくれよ!…と言えるわけもなく…。
相手は上司ってか、これでも組織のトップだもんなぁ。長官のイメージが見事にぶっ壊わされたが。
長官はマイペースで自由奔放だからか、俺達はしょっちゅう振り回されてる…。
ゼノクではこれが日常茶飯事と化している。自由奔放でマイペースな長官に振り回される室長と秘書の図…。
本部・休憩所。
晴斗は鼎達女性隊員3人がいないことに気づいた。
「御堂さん、鼎さん・彩音さん・時任さんは?」
御堂はだるそうに答える。
「鼎達3人は今日は休みだよ。予定があるっつーから休みを合わせて貰ったらしーぜ」
「3人で出かけたのかな?わからないけど」
「時任は鼎と仲良くなりたくて、わざわざ本人に了承得たらしい」
「時任さんって言動があれだけど、やっぱり鼎さんのこと気になってんのかな…」
「…みたいだぞ。女子同士なら話しやすいだろうし。女子会っていうんだっけ、あれ」
御堂は疎い。
その女子3人はある場所で待ち合わせをしていた。
鼎と彩音が合流後、時任が少し遅れてやってきた。
「ご、ごめんなさいっ!遅れました」
時任は必死に謝る。彩音は優しく言う。
「いちか、これくらい遅刻には入らないって。鼎、今回の目的の場所…いちかも連れて大丈夫…かな」
鼎はぼそっと呟く。
「その場所に着いたら騒ぐなよ」
時任はびくっとした。きりゅさんは私服姿なのに…空気がピリピリしてる。
仮面で顔が隠れているのもあるんだろうけど。私、きりゅさんの私服初めて見た…。
「仮面と手袋」以外はわりとよく見るような無難な格好をしてる。
鼎は時任に気づいた。
「どうした?時任行くぞ」
「…は、はい!」
時任、初めて鼎・彩音と一緒にお出かけ。
都内某所・路地裏にひっそりとその店はあった。レトロな佇まいのその店には「橘工房」とある。
鼎は時任に語気を少し強めに言った。
「時任。店舗部分は好きに見ていいが、私は奥の工房に用があって来たんだ。店内では騒ぐなよ?いいな」
そう言うと鼎は店内へと入っていく。彩音と時任も続く。
店内は様々なベネチアンマスクや覆面レスラーのマスクなどがあった。
なんだ?このお店…。マスクばかりだ…。
時任は店内をキョロキョロしている。
鼎は声を掛け、奥の工房に通されていた。店員らしきお兄さんが2人に声を掛けた。
「紀柳院さんのお友達ですか?」
「私は友達ですが、彼女は同僚です」
彩音がさらっと説明。お兄さんはこんなことを言った。
「今日は彼女、紀柳院さんは『食事用マスク』のフィッティングに来たんだよ。マスクはほぼ完成したからあとは微調整。ずっと人前で食事が出来ないことを彼女は悩んでいたみたいでね…」
「きりゅさん…ずっと悩んでいたの……」
時任は軽く衝撃を受けた。
人前では常に仮面姿の鼎からしたら、食事をするのも難しい。飲み物なら仮面をずらすだけでいいが、食べ物だとそうはいかない。
鼎は「当たり前のこと」がしたかった。
奥の工房では職人の橘が鼎に優しく聞いている。
「着け心地はどう?そのベネチアンマスクをベースにしてるから違和感はないと思うけど、何でも言ってね」
「練習すれば人前で食事は出来ますか…?」
鼎の姿は後ろ姿しか見えてないためわからないが、橘は答える。
「最初は苦戦するかもしれないけど、慣れるから気にしないで。口回りはどうしても汚れちゃうのは仕方ないんだよ」
「そう…なのか…」
「あとは?見た目はほとんど寄せたから、目の負担もかからないはず。目の保護用レンズは鼎さんには必要だもんね」
「…はい」
鼎は複雑そうな返事をした。
店舗では時任が泣きそうになっていた。知らなかった鼎のことを聞いたせいもある。
当たり前のことがしたかったって…辛いよ…。
確かにそうだよね、きりゅさんは人前ではずっとあの白い仮面姿だもんなぁ…。
あれがないと外出出来ないって、素顔そんなにもひどいのかな…大火傷の跡…。
彩音は時任を落ち着かせようとする。
「いちか、鼎は今まで1人で隠れて食べていたのはこういう理由があったからなの。嫌っているわけじゃなくてね。仮面の弊害っていうのかなぁ…」
「それ…めちゃくちゃ辛いじゃんか…」
だからきりゅさん、時折寂しげにしていたのか。やけに背中が寂しい時があった。疎外感?孤独感?
しばらくすると鼎は工房から出てきた。
「鼎、フィッティングはどうだった?」
彩音は鼎に感想を聞いてる。
「あと少しで完成するそうだ。マスクの微調整をかけると聞いたよ。…時任どうした?」
「いえ…何でもないっす…」
某公園。鼎達はここで休憩することに。
ポツポツと雨が降ってきた。鼎と彩音はベンチに座っている。
時任はいつもの元気をすっかりなくしていた。
きりゅさんにそんな事情があったなんて…。私知らなすぎ…。
「き、きりゅさん」
「どうしたんだ」
「きりゅさん…ずっと悩んでいたの?『当たり前のこと』がしたいって話聞いて…。なんかごめんなさい」
鼎は時任に顔を背けたまま。やがて雨はしとしとになる。
「…ずっと悩んでいたよ。人前で食事が出来ないって、かなりキツいものがあるからな…。
赤の他人は皆言うが、事情が事情だ。簡単に人前で仮面を外せるわけもない。目に負担がかかるから長時間素顔になれないんだよ」
鼎は静かに立ち上がる。そして時任を見た。
雨に濡れているせいか、仮面の目の保護用レンズに水滴がついている。見づらそうだ…。
「私は雨が嫌いだ…」
鼎は保護用レンズの水滴を拭っている。まるで涙を拭っているような動作。
「きりゅさん、私今日来て邪魔だったかなぁ」
「そんなことはないよ」
鼎の声が優しくなった。
「工房にいた時、お前泣きそうになっていただろ。時任は言動があれだが、本当は優しいんじゃないかって思えた…」
「そ、そんなことないっすよ!!私は思ったことを言っただけで…それだけで…」
雨はやがてザーザー降りになる。3人はびしょ濡れになったが、鼎は時任の手をそっと握る。
「私(のこの姿)が怖いか?」
「怖くないよ。きりゅさんはカッコいいし、強いし頼れるから…。見た目じゃないよね」
「良かった…」
やがて雨は止んだ。
彩音は鼎にタオルを渡す。
「先に仮面を拭きなよ。目のレンズ、水滴ついてるから。視界不良は危険だよ」
「ありがとう」
水滴だけで危ないの?
彩音は時任にかいつまんで説明した。
「鼎はね、水場が苦手なんだ。仮面の弊害で視界不良にどうしてもなっちゃうから、まぁ仕方ないんだけどね…」
「海とか行けないの!?」
「見るだけなら可能だ。水に入らなければな」
仮面の弊害…。大変そう…。
ゼノクではゼノク隊員達が動く流れに。
「ゼノク周辺にメギド戦闘員って、どう考えても怪しいでしょうよ」
第21話(下)へ続く。