西東京の某所。特務機関ゼルフェノア本部から少し離れたところにある、ゼルフェノア本部寮のほど近く。どこかレトロな街並みが広がっている。

その一角に、老舗の洋菓子店がある。
お店の名前は「洋菓子処 彩花堂(さいかどう)」。このお店は家族で切り盛りしている。



数年前、彩花堂の看板娘・甘祢風花(あまねふうか)はある客と出会った。風花からしたら衝撃的な出会い。

それが新人隊員の紀柳院鼎。鼎は親友であり、先輩の彩音と共にこの店を訪れた。鼎は彩音に連れられて初めてこの店にやってきたというわけ。


「いらっしゃいませー」

風花はいつも通りに笑顔で接客しようとするが、白い仮面姿の女性に衝撃を受けた。


か…仮面!?隣の人は友達かなぁ。なんで仮面を着けてるんだろう。


彩音は鼎に色々と話してた。ケーキを選んでいる。

「ここのケーキ、美味しいんだよ。私が奢るから好きなの選んで」
「う、うん…」


この当時の鼎はまだ新人隊員。ゼルフェノア寮周辺のお店や役立つ情報を彩音は教えていたらしい。
彼女は鼎が甘いものが好きだと知り、このお店に連れていった。

やがて鼎はケーキを選ぶ。彩音もケーキを選んだ。


「ありがとうございましたー」

風花は店を出る2人を見た。彩音は以前も来たこともあるお客さん。もう1人の仮面の女性は初めて。



風花は後にその2人がゼルフェノア隊員だと知る。


鼎の初来店から数週間後の某日。風花は母親の蜜花(みつか)からそれを聞いた。

「お母さん、知ってたの?」
「このお店はゼルフェノア御用達よ。あの仮面の女の人も隊員じゃないかしら。あの時彼女の隣にいた人、隊員よ?」


あの人、隊員だったんだ…。


風花は接客担当なため、色々なお客さんを見ている。お菓子屋さんであることから、客層は幅広い。

鼎はあれ以降、たまに来るようになる。そして常連客へ。
彼女からしたら徒歩圏内であることから、アクセスがいいらしい。



「い、いらっしゃいませー」


あの人、来たんだ!気になる、名前がものすごく気になる!

風花は常連客となった鼎に、初めて声を掛けてみることに。
店内には風花と鼎だけ。鼎はだいたい夕方頃来店する。それか閉店間際。


「あ、あの…よく来るんですね…。ありがとうございます」


緊張で声震えてるよ〜。
風花、内心パニック。

鼎はショーケースのケーキをしばらく見ていたが、ちらっと風花を見た。目が合ったような気がした。


「心の充電しに来てるんだ。ここのお菓子は美味しいからね」

最近、仮面の彼女は焼菓子も買うようになった。ケーキと焼菓子両方の時もある。


「あのぉ…失礼ですが…ゼルフェノアの人ですか?」
「そうだよ」


やっぱりー!


「なんで仮面着けているんですか?」
「…知らない方がいいこともあるよ。あなたには教えたくない、知らないままの方がいいから」

「せめて名前だけでも教えてくれませんか?ずっと気になっていたんです」
「紀柳院だ」

「きりゅういん…?」


鼎は再びショーケースを見るとシュークリームとプリンを選んだ。シュークリーム2つにプリン2つ、その日は買ってくれた。


「ありがとうございました〜」
「また来るよ」

鼎の声が嬉しそう。もしかして、仕事終わりに来てるのかな。ゼルフェノアって…忙しいよね…。



鼎の初来店から数年後。こんなこともあった。


その日の鼎は制服姿のままで来店。風花は初めてゼルフェノアの制服を見る。
彼女は何かあったのか、辛そう。


「まだあれは残っていますか!?」
「あれ…ですか?」

風花はきょとんとしている。鼎は何かあったのはわかった。顔は見えなくても彼女は何かを求めてる。
風花は鼎が買うものの傾向を熟知していた。


「あ、あの…まだありますよ。シュークリーム」
「良かった…」

鼎は泣きそうな声を出す。ショーケースを見る余裕がない時もあるんだ…。
彼女は心が石ころのようになっていたのかもしれない。それを溶かすのがシュークリームだった。

鼎はシュークリームをよく買う。なければ自家製プリン。
ケーキは自分へのご褒美や、誕生日・クリスマスイブに買うこだわりがある。



彼女はとにかくこの洋菓子店を愛している。たまに接客に出る蜜花に癒されているのもあるんだろう。
甘祢家は父親と風花の兄がパティシエ。母親は焼菓子担当。

お店はクリスマスなどの繁忙期になると短期バイトを雇っている。そんな感じだ。地元民に愛されてるような、そんな町のお菓子屋さん。



こんなこともあった。その日はどしゃ降り。
雨降りはお客さんが極端に少ない。店内は風花ひとりだけ。


鼎は傘も差さずに雨に濡れながらも来店。風花は鼎の姿に驚く。

「紀柳院さん、びしょ濡れですよ!?風邪引きますってば!」
この状況を知った蜜花は慌てて出てくる。
「鼎ちゃん!今、タオル持ってくるわね。風花、鼎ちゃんをお願い」

「わかった!」


風花は鼎を店内にある椅子に座らせた。雨はどんどん強くなっていく。

「びしょ濡れになってまで来なくてもいいのに…」


私、何言ってるんだ!?せっかく来てくれたお客さんなのに!?


蜜花がタオルを持ってきてくれた。風花の母親・蜜花はいつの間にか鼎に親しみを込めて「鼎ちゃん」と呼んでいる。
親戚のおばちゃんのような感覚らしい。


「この雨じゃあ今日はお店早めに閉めた方がいいかもね。あ、鼎ちゃんはゆっくりしててね。風邪引いちゃうわ」


鼎は黙っている。髪の毛から水が滴り落ちているのに、拭こうともしない。

風花は戸惑いを見せていた。紀柳院さん…どうしたんだろう。なんだか様子がおかしいよ。


鼎はようやく髪を拭きはじめた。
「風花さん…」
「なんでしょうか?」
「…ごめん」

「謝らなくてもいいよ!お母さん、紀柳院さん…体震えてる。ブランケット持ってきて!」


蜜花は慌てて客用のブランケットを持ってきてくれた。風花は鼎の肩にかけてあげる。


「何か食べたいものはありますか?それで来たんですよね」
「………シュークリームが食べたいんだ…。今日は店…早く閉めるのか。4つお願いします」


鼎の声が元気ない。わざわざびしょ濡れになってまで来たなんて。
鼎は先にお金を風花に渡した。蜜花はオーダー通り、シュークリームを4つ袋に入れていた。雨対策にとビニールのお店の袋にも入れてくれた。袋は二重。

鼎は淡々と濡れた髪を拭いている。
風花は心配した。仮面…濡れてるよ?拭かないのかな…。目元のレンズに水滴ついてる。見えにくそう。


鼎はようやく立ち上がり、袋を受け取ろうとした。
突如、ガクンと鼎の体が揺れる。思わずショーケースに手を掛けた。


「大丈夫!?」

蜜花が心配する。鼎は体勢を立て直そうとするがうまくいかない。
鼎は薄々感じていた。発作が出たのか?


なんとか体勢を立て直すがなんだか怪しい。

「紀柳院さん、傘貸しますよ」
風花が貸し出し用のビニール傘を渡そうとする。鼎はそんな余裕もない。息切れを起こしていた。


「紀柳院さん!?」

鼎は立っていられなくなる。やっぱり発作だった。
「救急車呼ばないと!」


鼎は慌てる蜜花を見た。

「大丈夫です…軽い発作だから…」
「でも…。風花、紀柳院さんが落ち着いたら彼女を送ってくれるかな。あなたなら大丈夫だよね」

「紀柳院さん、私が車で送りますから」
「……すまない…」
「謝らなくてもいいですよ!紀柳院さん…体調悪そう」

「たまにあるんだ、発作が…」


その日は風花に送って貰った。鼎は風花に以前、近くのゼルフェノア寮に住んでいると話していた。
このどしゃ降りの中だもの、徒歩は辛いかもしれない。



鼎が司令補佐になった日。

彼女は仕事終わりにふらっとお店を訪れる。


「いらっしゃいませー」

風花の笑顔は鼎にとっての癒し。
彼女は早速ショーケースに向かうと、ケーキをいくつか選んだ。誕生日でもないのにたくさん買ってる。


今日は何かいいことあったのかな?あれ…制服のデザイン少し変わった?気のせいかなぁ。


「紀柳院さん、なんだか嬉しそうですね」
心なしか笑顔を見せる風花。
「今日、司令補佐になったんだ。その細やかなお祝いなんだ」


司令補佐!?なんかすごいよ!
風花も喜んでる。


「ケーキたくさん買ってくれてありがとうございます」
「ひとりスイーツバイキングするんだ。2日で食べきりそうだけどね」


鼎は足取り軽く店を後にする。風花は鼎の背中を見た。以前よりもなんか変わった感じがする。雰囲気変わった?

閉店間際の店内。風花達家族は閉店準備中。
「ねぇ、お母さん。紀柳院さん、司令補佐になったって」



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