パーティーという名の飲み会前日。本部・休憩所。


「――え?兄貴ゼノク近々出れるかもしれないの?そこはまだ保留なんだ。
――いいよいいよ。兄貴が決めることだし、あたしは干渉しないからさ」

いちかは電話を切った。兄貴がゼノクから出れるかもしれないという知らせは嬉しいけど、数年間ゼノクで治療していた兄貴からしたら複雑だろうな。兄貴にはあっちで出来た友人もいるんだっけ。


「いちか、どうしたの?」
彩音が声を掛けてきた。
「いや…なんでもないっす」

いちか、なんだか深刻そうだったけど…。



その日の司令室はやけに静かだった。鼎しかいない。
御堂が入ってきた。


「あれ…室長は?」
御堂は辺りを見渡す。宇崎がいない。

「出張に行ったよ。日帰りだから夕方頃には帰ってくるはずだ」
「だから鼎ひとりなのか…。静かな司令室って、なんだか落ち着かないよなぁ」

御堂が呟く。平和になったとはいえ、御堂達はいつも通り訓練してる。今日は司令室が鼎ひとりなので、訓練は副隊長に任せてるが。


「和希、また家に行っていいか?」
「室長いないからってその話するか?それも司令室で。休憩所にしとけよ」

「まぁそうなんだが。ようやく肩の力が抜けたよ」

鼎はあれからだいぶリラックスしているように見える。平和になったことで、司令補佐の重荷がなくなったのかな…と御堂はなんとなく感じた。

鼎が補佐になった当初は重圧に潰されそうになっていたのに、今では嘘みたいに補佐を努めている。司令の室長不在時は彼女が指揮をするまでになった。



再び休憩所。桐谷と霧人が来た。


「きりやん・しぶやん、なんか今日は来るの早いね」


霧人はぼやく。

「暇になってしまったからな〜。あれから怪人出なくなっただろ」
「平和になったのはいいけど、なんか…なんかな〜っすよ。メリハリがないって言うか」

「そうそうそれそれ!」


彩音は休憩所を出た。向かうのは屋上。屋上に行きたい気分だったらしい。

「あやねえ、どこ行くの?」
「屋上。ちょっと…ね」


あやねえどうしたんだろう…。



屋上で黄昏る彩音。彼女の中には鼎の親友であるがゆえの思いがあった。

鼎には幸せになって欲しい…。私はそう願ってる。


そこに空気を読まないいちかが心配してやってきた。なぜか桐谷も一緒。桐谷は付き合わされたらしい。


「あやねえ、なんかすごい顔してるけど大丈夫?」
「…え?怖かった?ちょっと考え事してて……」

「それってきりゅさんのこと?」
彩音はようやく話せるなと思い、いちかに吐露。


「私さ、鼎との付き合い長いじゃない…。だからなんていうか、鼎には幸せになって欲しいなって…わがままだよね…」
「そんなことないと思うよ。今のきりゅさん、たいちょーが心の拠り所になってるんだと思うの。あんなにもリラックスしたきりゅさん初めて見たよ」


いちかもわかるんだね。鼎の顔は仮面で隠れてるが、雰囲気が変わったことに気づいたんだ。
鼎は補佐になってからさらに変わった気がする。憐鶴(れんかく)との出会いは彼女に影響を与えたんだろうな。

彼女は変わった。あの笑えなかった鼎が今では笑えるようになったのはものすごい変化で。


「そろそろ戻りましょうか。寒くないですか」
桐谷が優しく声を掛けてきた。屋上は肌寒い。3人は戻ることに。



ゼノクでは憐鶴が仲間の苗代・赤羽といた。以前とは違い、憐鶴は任務以外は顔を隠さなくなる。黒い制服はそのままだが。


「憐鶴さん、体制変えるってマジ?」
赤羽が聞いた。

「地下の隠し通路、意味なくなりましたからね。私の部屋…というか請負人本拠地の仕掛けのスライド壁はなくして貰おうかと」

「それ…出来るの?」
苗代も気になっている様子。

「請負人は長官管轄なんで直接聞いてみますか。今は平和になったので、依頼も激減しましたからね〜。
人間態の怪人の数もかなり減りました。いい怪人は倒さないですよ。当たり前じゃないですか。
その中で悪事をする怪人はさらに少ないと思われますね。例外はありますが」


まぁ、例外というのは裏社会や反グレあたりにはまだうじゃうじゃいますけど。リスクが大きいのであえて避けてるが。
人間態でもあれなのに、怪人だからリスクが大きすぎる…。こいつらは人間と怪人ががっつり絡んでいるので対処がかなり難しい。

これに関しては警察と連携しないと根絶は不可能。


いくら怪人殲滅のプロの特殊請負人でも、実行不可能なことはあるわけで。それは巨大な権力やヤザや反グレなどが該当する。
特殊請負人は憐鶴以前にも1人いた。その人は巨大な権力に立ち向かい、返り討ちに遭い殉死している。先代の請負人は男性。

彼の意志を継ぎ、憐鶴は請負人になった経緯がある。
彼女の本拠地の地下隠し通路は彼の代から存在していた。


特殊請負人自体、裏の人間なので先代がいた事実を知る者はごくわずか。



ゼノク本館。苗代と赤羽は隊員用の休憩所にいる。


「憐鶴さん、丸くなったよな」

「平和になったからじゃねーの?だって暇…だし」
「赤羽、暇って言うな。それは組織全体に言えることだろうが」
「平和なのはいいけど、暇なのはいいのか悪いのか…」


「あっれー?珍客がいる」


そうわざとらしく言ったのはゼノク隊員の粂(くめ)。

「ゼノク隊員の粂さんじゃあないですか」
苗代、なぜか粂を知ってた。

「こっちも暇なんだよね〜。私達は任務ない時はゼノク職員しているだけいい方かも。本部と支部はなんか…なんだろ。うーん」
「暇なんだな…」
赤羽がぼやいた。

「ま、そういうことだね。逆に宇宙局と航空部隊・基地と海上基地は自衛隊や海保と連携してるから忙しいみたいだよ」
「本部が暇って珍しいよな…」

「ゼノクも後遺症治療目的の施設入居者も減ってるからね。隣接の病院には人いるけどさ〜。
後遺症治療の患者、軽度はほとんどゼノクを出たよ。残りは重度だけっぽい。
請負人も…まさか暇!?」

粂、オーバーリアクション。


「だから俺らここにいるじゃんか」
「あの執行人は本館来ないんだ。見たことないな〜」

「憐鶴さんは地下に慣れちゃってるから、任務以外でもほとんど地下にいるよ。本館来るのは夕方以降らしいけどわからんな〜」


請負人達も大変なのね。苗代と赤羽は協力者に過ぎないんだけど。


粂は話し相手が欲しかっただけらしく、戻って行った。どうやら暇すぎて弓道場で弓矢の精度を上げてるらしい。
これは上総(かずさ)や二階堂、三ノ宮などゼノク隊員の一部はトレーニングやら鍛練をしていた。

二階堂は右腕の義手と左脚の義足を駆使して救助に役立てる道を模索中。戦闘兼用義手の可能性を広げている最中。



本部・解析班の持ち場。


朝倉と矢神はいつも通り。

「矢神、明日の飲み会行くー?飛び入り参加OKだってさ」
「チーフは行かなそう。僕は行かないよ〜」

朝倉はひたすらオンラインゲーム中。仕事はどうした。


「平和になったからって情報収集は怠らないわよ!最近は怪人目撃の報告スレもチェックしてんのよ!?」

ついにネット掲示板までチェックし始めたか…と冷めた目で見る神(じん)。

「朝倉…がっつり遊んでるじゃんか…」
「神さんは明日の飲み会行くの?」

「…別にどうでもいいだろ」


興味のない返答。どうやら解析班は参加しない模様。参加は各自自由なのでゆるいのは救い。
そもそも解析班はインドア派ばかりなので出かけたくない連中ばかり。



暁家。


「父さん明日行くよね!?パーティー」
晴斗はテンション高め。陽一はたじたじ。


「パーティーという名の飲み会な。晴斗も行くのか」
「当たり前じゃんよ〜!鼎さん達と一緒に会食ってなかなかないじゃんか!」
「聞いた情報だと会食スタイルじゃないから、緊張しなくてもいいってさ。
ラフでカジュアルな感じだって」

「場所どこなの!?」
「とあるカフェバーって聞いたな。当日飛び入り参加するやついること想定して、広い店にしたらしい」


「へぇ〜」


晴斗は楽しみで仕方ない様子。

そういえば組織でパーティーってクリスマスパーティーくらいじゃないのか、ゼルフェノア。
クリスマスパーティーは本部でやっていただけに、どう来るのか楽しみで。


組織でやるとはいえ、私服で来る人と制服で来る人に分かれそう。ドレスコードはないから自由だが。
実質本部主催だから本部隊員がほとんどだろうな、参加者は。



本部では帰宅の時間帯に。


夕方頃、司令室には出張から帰ってきた宇崎が来た。
鼎と御堂はそそくさと出る。


「そいじゃ俺らは帰るからな。室長、今日『も』何もなかったよ」
「和希、お前も留守番してたのか」

「鼎ひとりで司令室って、寂しいじゃねぇか」


和希なりの優しさらしい。



ロッカー室で着替えてから本部を出た鼎。ゲート近くでは御堂が待っていた。

「途中まで送ってくよ」
「ありがとう」
「鼎んとこは主夫がいるからいいよな〜」


「主夫」とは彼女の対怪人用ブレード・鷹稜(たかかど)人間態のことである。暇になったことにより、ますます主夫に覚醒している。


「和希のところにもいるじゃないか。シェアハウスのお母さん的な人が」

逢坂のことね…。はいはい。


「そのうち食べに行ってもいいか?」
「逢坂のやつ、喜びそうだな。好きな時に来いって。シェアハウスの奴ら、鼎を歓迎してるから」


そういえば鼎は両親をあの事件で亡くしているからなぁ。俺ん家に来たことで逢坂のあの姿を見て「母親」を思い出したのかも。



やがて鼎が住む本部ゼルフェノア寮へ到着。2人はバイバイした。

「また明日なー」
「和希、声大きいぞ」


鼎は小さく御堂に手を振った。御堂は本部の駐車場へ戻る姿が見えた。



鼎は部屋に入る。鷹稜が当たり前のようにいるがもはや気にしてない。


「鼎さん、おかえりなさい!」
「いちいち大袈裟だなお前…」

鷹稜にそう言うが、まんざらでもない様子の鼎だった。