ここは アブル連邦城塞都市…
わりかし裕福な家庭に 成人前のお嬢様が両親と共に住んでおりました……


あるとき お嬢様は両親にねだって 自分の為の執事を雇い入れることにしました…
街で見かけた執事が格好良かったからです……



両親は困りましたが
ある考えが浮かびました
見習い執事を雇うことです…


正式な執事になる前
見習いとして お屋敷勤(づと)めの修行する制度が この国にあったのです…

これなら給金も安くすみます 見習いが失敗すれば娘も幻滅(げんめつ)し すぐに忘れるだろう との思惑(おもわく)もありました……




かくして あるお嬢様のもとに ある見習い執事がやって来ました……




屋敷の広間で お嬢様は 見習い執事を両親から簡単に紹介された後 二人きりになりました……


(あれが…わたしの執事…

……でも 思っていたのと違う……)

お嬢様は少し落胆したようです…



目の前には 彼女より背が低く 色黒の肌に濃緑色の髪 低い鼻の頭に小さな黒ぶち丸メガネをちょこんとのせ 口をへの字に結んだ…
まだ少年と思える風貌(ふうぼう)をした者が静かに立っていました……




「えっと はじめまして……
あなたの お名前は?……」


見習い執事に

背中まで届く雪いろの髪を後ろで一房(ひとふさ)に束(たば)ね
その白い肌を燃えるような真っ赤なドレスが飾(かざ)る

お嬢様が訊(たず)ねます……



「はじめまして お嬢様
ワタクシめの事は
“セバスチャン”と
御呼びくださいませ……」

右平手を左胸にあて 執事お辞儀をして答えます……



「セバスチャン?
それが あなたの名前なの?」


お嬢様は不思議そうに訊(たず)ねます……

以前 街中で会った執事も 女主人に そう呼ばれていたからです……



「いえ、“セバスチャン”とは 執事の別称でございます…
執事になる者 成れた者
すべてが そう呼ばれる

しきたりに、ございます

お嬢様も、そうお呼びくださいませ……」


(キャー(≧▽≦) わたし
いま、お嬢様って呼ばれた〜〜
…この わたしの為だけの…執事………いい……)


お嬢様は 心の中では舞い上がっていました…
が 表面上は 冷静を装います…
立場上 彼女の方が上だからです……



「…お嬢様の身の回りを
お世話させていただくよう ご両親様より 申(もう)しつかっております……
何なりと申しつけ下さいませ……」


見習い執事は丁寧に 執事お辞儀をします……



(はうっ………
…わたし頬(ほお)が揺るんじゃう……毅然(きぜん)としなきゃ……)


お嬢様はニヤケそうになるのを必死に耐えています…

口をへの字に結び オッドアイの瞳で見習い執事を睨み付けます……
……が、口の端(はし)が緩みかけています……




「……そうね あなたの事は“セバス”と呼ぶわ……
“セバスチャン”は呼びにくいわ……」



「……受けたまりました
お嬢様……
ワタクシめのことは“セバス”と お呼びくださいませ……」


お嬢様に睨み付けられながらも動じる事なく 見習い執事は答えます……



(うぐっ……
……はぁはぁ……
…尊い……
尊いよぉ……わたし死んじゃう?……尊死しちゃう?……)



お嬢様は必死に自分内の感情を表面に出さないように耐えています……


「…?
…お嬢様? どこか、お加減が優(すぐ)れないのですか?」

見習い執事が心配気(しんぱいげ)に聞いてきます……



「…な …何でもないわ……」


お嬢様は額に汗を浮かべ
気丈に振るまいます……

(……あうっ……
……ダメ………
気が…遠のきそう……)


膝頭が震え 立ち続けるのも困難なのが傍目(はため)にも見てとれます……


あまりにもお嬢様の様子がおかしい事に
思わず見習い執事が駆け寄ります……


「…お嬢様?」



「……ぐはっ……
…………………………」

……………

(……チーン…)



とうとう お嬢様は気を失ってしまいました……


「お嬢様!
お気をたしかに
……お嬢様!!」



見習い執事がお嬢様を抱き抱えます
お嬢様の顔は たいへん
しあわせそうに
にやけておりました……




………………………おわり